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自動車と同じで飛行機も小型軽量機は不安定で事故にも弱い [時事・ニュース]

富山県の北アルプス山中で3日、小型機が墜落し搭乗の4人全員が死亡した事故で、富山県警は5日、死亡した4人のうち、機体前部から発見された2人は事故直後に、後部で見つかった2人は数時間後に死亡したとみられると明らかにした。

飛行時間は約1時間の予定だったが、異変を知らせる電話が新中央航空の松本運航所にあったのは約30分後の2時51分。「助けて」。
同社の社員が「頑張れ」と鼓舞しながら場所を尋ねたが「分からない」。
衛星利用測位システム(GPS)や携帯電話の基地局から特定するため、110番するよう求めた。

富山県警では午後3時2分に110番を受理。
河西さんが「山の中で墜落した。足が挟まれ動けない」と説明した。
午後3時10分にもにも河西さんから110番があった。
「心細くなったので電話した」という。「頑張ってね」と声をかけると「うん、頑張る」と返した。

110番で大まかな位置を把握した富山県警は、午後4時25分ごろに県警のヘリコプターを現場上空に向かわせたが、濃霧で視界が悪く、午後5時50分ごろ中断した。
地上からも山岳警備隊を派遣。
徒歩で現場に向かったが特定できず、二次遭難の危険もあり午後8時半ごろ捜索を打ち切った。
翌4日午前5時ごろ、県警ヘリが獅子岳の標高2300メートル付近で墜落機を発見。
http://www.sankei.com/west/news/170605/wst1706050080-n1.html

県警によると、機体発見時に前部左側の席にいた小口英児さん(48)=長野県岡谷市=は脳挫傷で、前部右側の席にいた機長の木下孝雄さん(57)=同県松本市=が外傷性ショックだった。
2人は頭部に大きな損傷があった。

後部にいた河西勝基さん(21)=同県下諏訪町=と樋口和樹さん(22)=同県富士見町=はいずれも多発性外傷による出血性ショックで、胸部や腹部を負傷していた。樋口さんには低体温症の痕跡もあった。
http://www.sankei.com/west/news/170605/wst1706050069-n1.html

富山県立山町の北アルプス・立山連峰の獅子岳(2714メートル)に墜落。
父は事故直後の電話で聞いた「おやじ、俺、絶対に生きて帰るから」
が河西さんの最後の声となったと明かし、「とても残念、無念」と心境を吐露している。
コメントによると、河西さんは電話で父に「110番した。航空会社にも電話した」と話したが、
機体に挟まれてとても苦しそうだったという。「大丈夫か、しっかりしろ」と励ましたが電波状態が悪く、音声は途切れ途切れだった。
県警はまた、河西さんから事故直後にあった3日午後3時2分の110番に続き、午後3時10分にも2度目の110番があったと明かした。約3分のやり取りで、「心細くなってかけた。携帯の電池残量が少ない」と話し、県警が「頑張って」と伝えると「うん、頑張る」と答えたという。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170605-00000105-mai-soci

セスナ172Pスカイホーク。
4座席、単発プロペラ推進、高翼式の軽飛行機。
2015年時点で累計生産機数は4万5千機に達し、歴史上世界で最も多く生産された機体シリーズで、訓練機としても利用されている。
軽量機ゆえに天候の変化や悪天候に弱い。

前の席に座っていたのは訓練を依頼された人と、訓練を受けていた人。
後ろの席と、荷物置き場にいたのは訓練を受けていた人が働く会社の若者。
黒部ダム近くの峡谷の斜面に墜落。
3千メートル級の山越えを悪天候の日に非力で軽量な単発プロペラ機でフル乗車のうえでやってしまう事が理解できない。
往路は山を避けて、復路は山越え、飛行計画書にもこのルートで申請されていたのか疑問です。
訓練飛行とはいえ会社の上司が操縦するセスナ機に同乗して歓喜の声を上げていた後部座席の若い後輩に嬉しくなって、復路で3千メートル級の山越えをしてしまったのでしょう。
機体が失速する前に気流に揺られてフラフラしていたと思いますから、荷物室で見つかった人はその時から身を守ろうとしていたのかもしれません。
小型軽量機なので墜落時には機内に衝撃がダイレクトに伝わったと思われます。

救助が遅れた理由を想像すると、
・警察が大まかな位置情報しかつかめなかった理由は、携帯電話の電波が不安定な場所なのでGPS情報を正確に受信できなかった。
・飛行機に搭載が義務付けられているELT(遭難位置信号を送信する)を手動操作するように言われるが体を挟まれて動けなかったので手動操作できなかった。
・ELTの手動操作を求められるという事は、通常は自動でONになるELTも損傷を受けた。
・墜落が夕刻だったので日の入りが早く、気温が低下(この時期でもマイナス十度台)、濃霧、で空からも陸からも捜索を中断するしかなかった。

低体温症で凍死した可能性が高いのは救助できなかった事を残念に思います。
ですが、どう考えても、訓練中の操縦者の無謀が引き起こしたとしか言いようのない事故であり、そんな操縦者の小型軽量機に同乗せざる終えなかった後席の若者が悔やまれるばかりです。
雪山の暗闇の中、痛みと寒さの中で必死に生き延びようとしながら絶命してしまった。
その光景を思い浮かべるだけで胸が痛い。
ご冥福をお祈り申し上げます。
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